転院搬送の現状と問題点を知ろう

皆さんは「転院搬送」という言葉を聞いたことはあるでしょうか?

この聞きなれない「転院搬送」とは、A病院で治療もしくは診察中の患者さんを、なんらかの事情によりB病院へ搬送することを言います。

医療現場において、この「転院搬送」は、患者の命とその後の生活の質を大きく左右する重要な医療行為の一つです。

例えば、高度急性期医療から回復期・慢性期医療へ移行するための搬送もあれば、より専門的治療が可能な医療機関へと患者をつなぐ搬送もあります。

いわば医療の縦と横を物理的につなぐ、ネットのような役割を担っています。

つまり、日本の医療提供体制を支える基盤の一つといえるでしょう。

一方で、救急車を用いた転院搬送が増加する中、救急車の適正利用や地域医療体制への影響が大きな課題として浮かび上がっています。

そこで当記事は、転院搬送の概要と現状を整理したうえで、救急車の適正利用という観点を踏まえ考察していきます。

転院搬送って何だろう?

あらためて「転院搬送」とは、入院中または外来受診中の患者を、現在治療を受けている医療機関から別の医療機関へ搬送することを指します。

その転院搬送の多くの事案に消防救急…いわゆる救急車が用いられています。

ですが、転院搬送は事案により目的はさまざま。

大きく以下のように分類されます。

転院搬送の目的
  1. 高度医療・専門医療の提供
  2. 病期に応じた医療への移行
  3. 地域医療連携の一環
  4. 患者・家族の希望
院内案内

1.高度医療・専門医療の提供

現在の医療機関では対応できない高度な手術や専門治療が必要な場合は、転院搬送となります。

例えば、胸が苦しくて近くのクリニックを受診した時、その原因が心臓の血管に異常が疑われるような場合、個人のクリニックでは専門の違いや医療設備の関係から処置できないことが大いにあります。

このような時は、緊急性も高く、救急車を呼んでの転院搬送となるでしょう。

また総合病院に入院中であっても、より高度で専門的な治療が必要となった場合、設備が整った大学病院などに転院となる場合があります。

このケースは、二次医療機関からより高度な三次医療機関への搬送で、「上りの転院搬送」と呼ばれることがあります。

2.病期に応じた医療への移行

上記に対し、転院搬送の中で一定の割合を占めるのが、三次医療機関から二次医療機関への「下りの転院搬送です。

これは、急性期治療を終え、リハビリテーション病院や療養型の病院へ移る場合を指します。

病状が安定し、高度な医療の提供が必要なくなった患者さんに行われることがあります。

つまり、病気は治っていないため医療的ケアが必要なものの、緊急性がなくなった患者さんを搬送するための転院となります。

3.地域医療連携の一環

これは病床機能分化や地域包括ケアシステムの中で役割分担を行うための転院です。

どういうことかというと、各病院の病床や医療提供の容量には限りがあります。

そのため、その地域一帯の医療機関全体で負担を分散しバランスをとるため、患者さんに計画的に転院してもらうことがあるのです。

ここで重要なのは、各病院には専門医や医療設備環境の観点から得手不得手な分野がどうしても存在するということです。

つまり患者さんから見れば、その分野において得意とする病院から診療してもらえることになります。

このような調整も図れるため、患者側からも病院側からもWinWinな転院搬送といえるでしょう。

4.患者・家族の希望

上記のような医療・病院側に起因する3つの転院搬送の他に、患者側に起因する転院搬送も存在します。

それが「居住地に近い医療機関への転院」や、「特定の医師・医療機関を希望する場合

の転院搬送になります。

救急車で搬送されたものの、近くの総合病院は病床に空きがなく遠くの医療機関に運ばれ入院になってしまった時などに発生します。

距離的に家族の面会や見舞いが不便で、転院を希望されることも少なくありません。

また信頼する医師がいる病院や医療機関がある場合も、希望が出ることがあります。

不安な高齢者

※目的別にみる転院搬送の緊急性について

転院搬送は「緊急性が高いもの」から「計画的に行われるもの」まで幅広く、必ずしもすべてが救急車を必要とするわけではありません。

上記の目的別にみれば、1番の「高度医療・専門医療の提供は緊急性があることが多く、救急車の利用が必要と考えられます。

しかし、2~4番は緊急性が薄いことがお判りいただけると思います。

転院搬送の現状

過去5年の救急件数と転院搬送の推移

年(和暦/西暦)救急出動件数(件)搬送人員(人)転院搬送(出動件数・件)
令和2年(2020)5,933,277件(救急自動車+ヘリの合計)5,293,830 人(搬送人員)490,897 件
令和3年(2021)6,193,663 件5,491,469 人518,483 件
令和4年(2022)7,229,572 件6,217,283 人537,359 件
令和5年(2023)7,638,558 件6,641,420 人556,367 件
令和6年(2024)7,717,123 件6,764,838 人581,685 件

※表中の「救急出動件数/搬送人員」は、「速報値」と「確定値」が混在することがあります。

出典(主要)

  • 消防庁 「令和6年中の救急出動件数等(速報値)」
  • 消防庁 「令和5年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査(参考資料3)」
  • 消防庁 年次報告(「救急・救助の現況」令和3〜5年版 等):各年の事故種別(転院搬送含む)出動件数・搬送人員の年次表。

増加する転院搬送件数

ご存じの通り、日本では高齢化の進行に伴い、慢性疾患や複数の基礎疾患を抱える患者が増加しています。

その結果、救急件数の増加は目を見張るものがあり、それに伴い転院搬送の需要も年々高まってきています。

前項の表からもわかる通り、転院搬送の件数は「絶対数」が増えています。

その数約49万人から約58万人

実に10万人弱が増加していることがわかります。

これが令和2年から令和6年のたった5年間の増加数と考えると、恐ろしくもあります。

その一方で全体数からのパーセンテージで考えると、毎年約8パーセントとなり、比率はあまり変わりません。

しかし、救急出動に占める8パーセントという数字は、無視できるものではありません。

救急搬送

また、急性期病院での治療後に回復期・慢性期病院へ転院するケース…いわゆる「下りの転院搬送」が増えているといわれています。

さらには、医療の高度化・専門化により「この治療はこの病院でしかできない」という状況も増え、専門医療機関への転院搬送も増加傾向にあります。

これらは、医療機関の人手不足や医療提供環境の確保といった要因もあります。

しかし、単純に救急件数に伴った増加であるという見方が自然です。

なにより、救急件数の増加が医療機関の容量を圧迫し、人手不足の一因を作っていることを忘れてはいけません。

つまり、救急件数の母数を下げることが、転院搬送の絶対数を下げる一番の要因となるでしょう。

救急車を利用する転院搬送の問題点

では、救急車による転院搬送の何が問題なのでしょうか?

本来、救急車は「緊急性の高い傷病者を迅速に医療機関へ搬送する」ための公共資源です。

つまり、1分1秒を無駄にすると生命の危険があったり、重大な後遺症を残してしまう危険性がある傷病者を搬送するための車です。

不適切な救急車をすると、当然その次の事案の到着時間が遅れます。

その不適切な利用のために、脳梗塞の治療が遅れ麻痺が残ってしまう人がいるのです。

心肺停止の傷病者が亡くなっているのです。

それは、明日のあなたやあなたの大事な人になるかもしれません。

しかし現実には、下記のように不適切な理由と言わざるを得ない搬送ケースが多発しています。

病院が「非緊急」で救急車を呼ぶ主なケース
  1. 病院側の人手不足
  2. 患者の状態悪化への不安
  3. 民間搬送手段の確保が困難

1.病院側の人手不足

例えば、病院側の人手不足です。

病院に専用の搬送車があるにもかかわらず、119番で救急要請するケースも多くあります。

確かに転院搬送される患者一人のために、「医師」や「看護師」といった病院にとって貴重な人員を割くのは、残された側には大きな負担がかかると思います。

病院の搬送車を利用した場合、運転手を含めれば、3名ものスタッフが一時的にいなくなりますからね。

特に「下りの転院搬送」であれば、なおさら人手は割きたくないでしょう。

2.患者の状態悪化への不安

また、診察した患者さんの状態悪化が心配で救急車を呼ぶというケースもあります。

個人医院などで診察した場合、緊急性は高くないが別病院での検査・治療が必要という場合があります。

当然個人院ですので、最低人員で診療しているのが一般的です。

そのため、別病院までスタッフが付き添いが出来るわけでもありません。

そうすると状態悪化した場合の責任を恐れる医院側は、救急車を呼ぶ場合があります。

病状の悪化

3.民間搬送手段の確保が困難

さらには「搬送手段がない」といったケースもあります。

「命の危険はない。」「緊急性もない。」

しかし「自前の搬送車はない。」「地域に民間の搬送業者もいない。(もしくは知らない。)」といった場合…

つまり「搬送手段がない。」というところに帰結します。

これには、民間搬送手段が地域的にないことや、あったとしてもごく少数で確保が難しかったりします。

また、末端の医療機関まで周知されていないケースなどもあり、別要因の問題も絡んできます。

※転院搬送における医療機関側の事情

前項3つのような理由から、必ずしも緊急性が高くない転院搬送に救急車が使用されるケースも少なくありません。

その結果、地域によっては救急要請への対応が遅れたり、救急隊の負担が増大したりするなど、救急医療体制全体に影響が及んでいます。

しかし、医療機関側も、決して安易に救急車を要請しているわけではありません。

  • 看護師が同乗できない
  • 医師が付き添えない
  • 民間救急の費用負担を患者に求めにくい

…など、制度的・現場的な制約の中で、医療機関側として「やむを得ない選択」として救急車を選ぶ場合も多いのが実情なのです。

~まとめ~救急車の適正利用を考えよう

いかがでしたか?

救急車は24時間365日稼働しているように見えますが、実際には人員・車両ともに限りがあります。

無限の資源ではないのです。

当然、その運営資金は税金で賄われています。

また、転院搬送に長時間拘束されることで、

  • 本当に緊急性の高い現場への到着が遅れる
  • その結果、亡くなる方や後遺症が残る人が出てくる
  • 救急隊員の疲弊離職につながる
  • 本来ならなくてよい税金からの出費

といった問題が生じます。

救急件数全体が下がれば、転院搬送件数も相対的に下がると思われますが、現実的にはその前提は限りなく難しいでしょう。

そのため、転院搬送に対して、個別に対応していく必要があります。

次回は、その転院搬送に伴う問題の解決案について考察していきたいと思います。

この記事が、転院搬送や救急車の訂正利用について考えるきっかけとなれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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